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院長の長田です。
体外受精に携わって丁度40年、体外受精による国内4人目の赤ちゃんの誕生に成功してきました。
これまでの経験を生かし1人でも多くの方に妊娠が授かるようお役に立ちたいと願っております。
卵管に水が溜まって腫れていることを「卵管水腫」と言います。この卵管に溜まっている“水”が子宮内に流れ込むことによって、子宮内膜に悪影響を及ぼし、良好胚を繰り返しても着床しない反復着床障害や流産の原因になっていることが指摘されております。
原因は、クラミジアなどの感染症、手術、子宮内膜症などによって卵管が癒着すると卵管内に“水”(分泌液)が貯留します。妊娠への影響は、この液体が子宮内へ流れ込むことによって、慢性子宮内膜炎などを引き起こし、着床障害や流産の原因になります。
症状は、オリモノが多いことが特徴で、持続するオリモノがある場合は、卵管水腫の可能性が高いと言えます。
卵管水腫の診断法には、子宮卵管造影検査(HSG)、MRI検査、経腟超音波検査などがあります。
1)子宮卵管造影検査HSGによる卵管水腫の診断(正診率78%)
外子宮口から子宮-卵管に造影剤を注入して子宮腔の異常、卵管の疎通性、卵管周囲の癒着などを検査します。検査は、排卵前に行いますが、妊娠の可能性が無い場合には生理中以外は可能です。
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2)MRI検査による卵管水腫の診断(正診率85%)
卵管水腫は、卵管内に液体を貯留しているのでMRIによっても診断が可能です。 特徴は、X線被曝がないこと、組織分解能に優れることから卵管水腫の性質(水腫、血腫、膿腫)も診断できます。検査は、月経周期に関係なく何時でも可能です。
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3)経腟超音波検査による卵管水腫の診断
卵管ヒダを伴った蛇行した管状の貯留所見によって診断が可能です。
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HSG,MRIなどの画像診断は、所謂影絵による間接診断ですので、クラミジア感染や子宮内膜症などによる癒着の診断には限界があります。よって原因不明不妊の最終診断には、お腹の中を直接観察する腹腔鏡検査が非常に有用です。腹腔鏡検査によって癒着、卵管水腫などの不妊原因が認められれば、検査と同時に手術治療も行います。
卵管水腫は、慢性子宮内膜炎を合併している可能性が高いことから、そのマーカであるCD138の免疫染色による病理組織学診断を行い、治療の指標とします。
卵管水腫の治療は、米国不妊学会(生殖医療学会)1)の治療プロトコールに準じて、まず腹腔鏡検査を行い、子宮、卵管周囲の癒着程度、子宮内膜症の有無などを正確に把握し、状況に応じて腹腔鏡下卵管形成術(癒着剥離術や卵管開口術)を行います。詳細については、慢性子宮内膜炎の手術治療に準じて行います。
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1)米国生殖医療学会ASRMプロトコール:Committee of the American Society for Reproductive Medicine: Role of tubal surgery in the era of assisted reproductive technology: a committee opinion.:Fertil Steril 2015; 103: e37―e43
2)長田尚夫:卵管留水腫による体外受精不成功に対する対応、日産婦学会誌、N-347-351,2006
3)長田尚夫 他:体外受精例における卵管性不妊の取り扱い一特に卵管留症に対する卵管開口術,卵管クリピングの効果について.日産婦内視鏡会誌,23:59-66,2007.
4)長田尚夫:実践婦人科腹腔鏡下手術(単著)pp. 1-396、Medical View、東京、2009.7
慢性子宮内膜炎は、子宮内膜の異状によって良好胚を繰り返しても着床しない反復着床障害の原因のひとつとして注目されています。慢性子宮内膜炎の罹患率は約10-30%程度と言われています。
慢性子宮内膜炎の臨床症状は、乏しく、時に軽度の不正性器出血やオリモノがある程度です。慢性子宮内膜炎の診断は、子宮内膜を少量採取し、子宮内膜間質への形質細胞の浸潤をCD138の免疫染色法を用いて病理組織学的に診断します。また必要に応じて子宮鏡検査や通水検査が必要になります。現在、診断基準に一致した見解はありません。
慢性子宮内膜炎の原因は、現在のところ確定されていませんが、子宮内感染(細菌、クラミジア、ウイルスなど)、子宮内膜ポリープ、粘膜下筋腫などの可能性が指摘されています。他の原因として子宮内膜症性腹水や卵管留水腫の内溶液に含まれる細菌や炎症性物質が子宮内腔へ流入することによって受精卵に直接的に悪影響を及ぼし、子宮内膜の着床能を低下させ、移植卵の着床・発育を阻害している可能性も報告されています。
慢性子宮内膜炎の治療には、抗生物質の長期投与法と原因を取り除く手術療法があります。
① 抗生物質の長期投与法
一般的に行なわれている方法で、抗生物質(ビブラマイシン)を2週間に服用し、効果が不十分な場合には、さらに他剤を2週間(フラジール)服用します。本法の効果は認められていますが、治療後の再発(20-30%)や抗生物質の長期投与による耐性菌が報告されています。
② 手術療法
本院では、外科的に慢性子宮内膜炎の原因を取り除き、正常な子宮内環境を取り戻すことを目的とした手術療法を行なっております。手術は、腹腔鏡下手術で行いますので手術侵襲も少なく短期入院で済みます。手術は、まず腹腔鏡検査を行い妊原因の把握と治療方針を決めます。その結果、卵管水腫や癒着に対しては、腹腔鏡下卵管形成術(癒着剥離術、卵管采形成術、卵管開口術など)を行います。また子宮内膜症に対しては、子宮内膜症病巣徐去術を行います。術後の予後は、卵管水腫や子宮内膜症の程度によって異なります。軽症例では、腹腔鏡下卵管形成術によって妊孕性は回復し自然妊娠が可能となります。一方、重症例では、術後再癒着による卵管水腫や子宮内膜症の再発が起こることから自然妊娠は期待できません。よって体外受精を成功させるために卵管起始部を凝固切断することによって卵管水腫内容液や子宮内膜症性腹水の子宮内流入を阻止し子宮内膜に対する悪影響を遮断します。なお卵管切除は、卵巣への血流障害が危惧されますので行いません。